熊本家庭裁判所玉名支部 昭和42年(家)220号 審判 1968年4月17日
申立人 鈴木トミエ
相手方 鈴木薫
主文
相手方は申立人に対し、金八万五、四〇〇円を即時に、昭和四三年四月一七日以降婚姻を継続して別居する期間中毎月末日に金三万四、〇五〇円宛を、いずれも申立人住所に持参もしくは送金して支払うこと。
理由
一、申立人の申立趣旨および申立の実情
(一) 申立趣旨
「相手方は申立人に対し、申立人および長男俊一の生活費として、毎月金三万七、二〇〇円宛支払え。」
との審判を求める。
(二) 申立の実情
申立人は、相手方と昭和三〇年一二月七日婚姻し、同三二年六月一〇日長男俊一を出産して当初の数年間は家庭生活も円満であつたが、同三八年頃から相手方が申立人外の女性と慇懃を通じ外泊を重ねるようになつてから、夫婦間の愛情が冷却し、相手方は頻りに申立人に対し離婚を迫り、同四二年五月下旬頃からは申立人母子を相手方勤務会社(○○生命保険相互会社○○○支部)の代用社宅に置き去りにしたまま他に別居し、申立人の再三の懇請にも拘らず復帰を肯んぜず、同年六、七月の両月申立人等の生活費として各金一万五、〇〇〇円宛送つて来ただけであるため、申立人等は日常の生活にも困窮している実情にあるので、相手方が申立人との正常な婚姻生活に復するまで、申立人母子の生活費として毎月金三万七、二〇〇円宛支払うよう求めるものである。
二、相手方
相手方としては、その現収入から申立人母子の生活費として支払い得る金額は最大限二万五、〇〇〇円であり、かつ申立人母子は右金額で十分生活し得るものであるから、右限度を超える支払請求には到底応じられない。
三、事件の経過
本件は当初申立人より相手方に対する昭和四二年(家イ)第八五号夫婦の同居並びに協力扶助調停申立事件として、同年八月一七日当庁に係属し、その後同年九月二〇日から同年一一月一五日まで四回に亘り調停手続が行われたが、相手方が調停に応ずる意思がないため、同年一一月一五日右調停は不成立となり審判手続に移行したものであつて、当裁判所は申立人母子の生活の現況に鑑み臨時に必要な処分をする必要があるものと認め同年一二月一日家事審判規則第四六条、第九五条第一項に則り、相手方に対し、昭和四二年一二月以降本審判確定まで、申立人および長男俊一の生活費として月額金三万五、〇〇〇円宛を毎月三〇日限り(ただし昭和四二年一二月は同月一〇日限り)申立人住所に持参もしくは送金して支払うべき旨の臨時の処分をなしたところ、相手方は申立人に対し昭和四二年一二月二二日金三万五、〇〇〇円、同四三年一月三一日金一万五、〇〇〇円、同年三月一日金二万円を支払つただけで、爾余の金額は支払つていない(しかして、申立人は調停審判の経過に鑑み、その後申立の趣旨を相手方の協力扶助(生活費支払)義務の履行に変更している。)
四、当裁判所の判断
○○生命保険相互会社(以下○○生命と略称する。)○○○支部作成の相手方に関する給与所得の源泉徴収票、同月額給与支払明細票、大牟田市長田中忠蔵作成の標準家庭の月間生活費および標準生計指数等についてと題する回答書、裁判所書記官星野史郎の電話録取書並びに被審人松崎四郎(大牟田市総務部庶務課統計係)、申立人および相手方等に対する各審問調書を綜合すると、以下のように認めることができる。
(一) 申立人と相手方の婚姻生活の経過並びに別居するに至つた経緯
申立人は○○生命○○本社に事務員として勤めていた昭和三〇年五月同社員の相手方と恋愛結婚(婚姻届は同年一二月七日提出)し同三二年六月一〇日には長男俊一を出産して夫婦仲も概ね円満に推移していたが、相手方が、右会社の○○支部(大阪府下)長となつた昭和三八年四月頃から、年上の人妻と慇懃を通じて人眼を惹く間柄となり、申立人またこれに嫉妬して執拗かつ神経質に相手方の非を責めたこと等から夫婦の愛情にひびが入り、次第に疎隔の溝を深くし、かつそのことが上司にも知れて相手方は同四〇年四月同会社○○支部長に転勤させられるに至つた。
その頃から相手方は頻りに申立人に離婚を迫り、同四一年二月水戸家庭裁判所に申立人を相手方として離婚の調停を申し立てたが、申立人がこれに応じなかつたため、右調停は同年七月不調に終つた。
しかし相手方はその後も申立人との離婚の意思を翻えさず、同四二年四月右会社の○○○○○支部長に転勤後も屡々申立人を避けるようにして外泊を重ねたりし、ついに同年五月下旬申立人および長男俊一を右会社の代用社宅に置いたまま○○市□□○○○番地の○所在の現住所に別居し、爾来申立人と相手方間の夫婦生活は事実上断絶するに至つた。
(二) 申立人、相手方の生活の実情
(イ) 申立人の生活の実情
申立人は、前記代用社宅(社宅料は相手方において直接会社宛支払つておるので、申立人の負担とはなつていない。)に、長男俊一(本年四月から小学校五年)と居住し、目下のところ無職無収入で、相手方の別居後は同人からの月平均一万四、三七五円の送金(昭和四二年八、九、一〇の各月各一万五、〇〇〇円、一二月三万五、〇〇〇円、同四二年一月一万五、〇〇〇円、三月二万円合計一一万五、〇〇〇円、115,000/8円=一万四、三七五円)と手持ち預貯金の引き出し(昭和四二年一二月三万円、同四三年一月七、〇〇〇円、三月三万五、〇〇〇円計七万二、〇〇〇円)によつて母子二人の生計費を賄つてきたが、右預貯金は昭和四三年三月一八日現在であと僅か三万八、一九〇円を残すのみであるため、同年四月以降においては預貯金の引き出しに生計費を依存することは困難な状況にある。
しかして申立人と長男俊一両名の月間生活費は申立人の家計明細によると、総額三万六、七〇〇円で、その内訳は
(A) 食費 一万四、八〇〇円
(小訳)
主食 二、〇〇〇円
副食費 一万二、〇〇〇円
調味料 八〇〇円
(B) 電気代 一、五〇〇円
(C) 水道代 五〇〇円
(D) プロパンガス代 一、〇〇〇円
(E) 石炭・薪代 一、〇〇〇円
(F) 石油ストーブの石油代(暖房用) 一、〇〇〇円
(G) 被服費(申立人および長男両名分) 二、〇〇〇円
(H) 家庭用品(台所用品を含む)の保続並びに更新費 一、〇〇〇円
(I) 保健衛生費 四、四〇〇円
(小訳)
クリーニング(夏・冬物)代 三〇〇円
長男の検便、肝油代および日本脳炎、インフルエンザ等の注射代 五〇円
申立人の医療費(豊往病院の診療代) 六〇〇円
アスパラ等ビタミン剤 四五〇円
常備薬(眼薬・メンソレ・サロンパス等) 二五〇円
歯科治療等の予備費 三〇〇円
長男の理髪代 一五〇円
申立人の美容院代 三五〇円
汲取り代 二〇〇円
歯刷子代 一〇〇円
歯磨代 一〇〇円
化粧品代 五〇〇円
塵紙代 二〇〇円
脱脂綿代 一〇〇円
浴用石鹸代 五〇円
洗濯粉代 一〇〇円
中性洗剤代 一〇〇円
台所用磨粉 一〇〇円
トイレ防臭具 一〇〇円
アース代 一〇〇円
蚊取線香代 二〇〇円
(J) 長男の給食その他学校関係諸費用 八二〇円
(K) 同教材費 三〇〇円
(L) 同学校貯金 三三〇円
(M) 同硬筆練習費 一〇〇円
(N) 同算数国語塾謝礼 四〇〇円
(O) 同文具代 二〇〇円
(P) 同図鑑・名作全集および少年向雑誌代 一、〇〇〇円
(Q) 申立人の手芸・編物・料理等の書籍代 一、〇〇〇円
(R) 通信費 三〇〇円
(S) 交通費(母子両名のレクレーションの旅行費を含む) 一、〇〇〇円
(T) 新聞代 四五〇円
(U) 娯楽費(テレビ・ラジオの視聴料) 七〇〇円
(V) 町内会費・祭典寄附金等 五三円
(W) 贈答品代 九四七円
(X) 長男小遣 四〇〇円
(Y) 予備費(貯金) 一、五〇〇円
(以上合計、三万六、七〇〇円)
であるところ、右費目中には、下記のように明らかに超過計上であると考えられるもの(その合計金額は二、六五〇円)も存し、当該金額を控除修正するを相当とするので、これを行うと、爾余の費目、金額には概ね合理性と妥当性を認めることができる。
しかして右控除修正による計数整理後の申立人母子の月間生計費は三万四、〇五〇円となる(三万六、七〇〇円-二、六五〇円=三万四、〇五〇円)。
記
(甲) 上記(D)にプロパンガス代として月額一、〇〇〇円計上されているが、家庭用燃料源として、ガスのほか石炭・薪も併用している申立人家庭の現況からみて右金額は多額に過ぎ、最大限家族数の同じ相手方家庭(相手方および同人実母の両名)における使用料と同額の月額五〇〇円とみるのを相当とするので、結局申立人の家計明細における前記プロパンガス代は五〇〇円(1,000円-500円 = 500円)の超過計上となるものというべきである。
(乙) 上記(F)の石油は、暖房用としてその使用期間が概ね年間一一、一二、一、二、三の五ヵ月間に限られる性質のものであるから、右使用期間の所要経費五、〇〇〇円(1,000円×5 = 5,000円)を年間の月割額に引き直すと約四一七円(5,000円÷12 = 417円)となり、申立人の家計明細による前記金額(月額一、〇〇〇円)は約五八三円(1,000円-417円 = 583円)の超過計上になるものというべきである。
(丙) 上記(I)の保健衛生費中、アスパラ等ビタミン剤として月額四五〇円が計上されているが、かかるビタミン剤の購入費用を生活費中に含ませることが妥当であるか否かは疑問であつて、むしろそれが健康保険給付の対象からも原則的には除外されている現状からみて消極に解すべきものである。
また同費目中の蚊取線香についても、その使用期間が概ね年間七、八、九の盛夏三ヵ月間に限られる性質のものであるから、その使用期間の所要経費六〇〇円(200円×3 = 600円)を年間の月割額に直すと、五〇円(600円÷12 = 50円)となり、その超過計上額は一五〇円(200円-50円 = 150円)となる。
したがつて申立人の家計明細による保健衛生費は上記ビタミン剤購入費の月額四五〇円および蚊取線香の超過計上額一五〇円の合計額である六〇〇円を前記四、四〇〇円から差引いた三、八〇〇円をもつて相当とすべきものである。
(丁) 上記(U)の娯楽費は、テレビ・ラジオの視聴料であるところ、同料金は現在月額三三〇円に据置かれておるのであるから、申立人の家計明細による前記金額(月額七〇〇円)は三七〇円の超過計上(700円-330円 = 370円)となるものというべきである。
(戌) 上記(W)の贈答は一カ所につき七〇〇円の割合で三カ所宛年二回行つているものであるから、その年間所要経費は四、二〇〇円(700円×3×2 = 4,200円)で、月割額では三五〇円(4,200円÷12 = 350円)となり申立人の家計明細による前記金額(月額九四七円)は五九七円の超過計上(947円-350円 = 597円)となるものというべきである。
結局以上(甲)ないし(戌)掲記の超過計上額は合計金二、六五〇円で、該金額を前記申立人の家計明細による月間生活費三万六、七〇〇円から控除することを要するものである。
(ロ) 相手方の生活の実情
相手方は前記のとおり、現在○○生命○○○○○支部長として手取り年収一、四七万七、八九六円(給料、賞与の総額である一、七六万〇、三〇二円から諸税、社会保険料(生保、損保々険料)等の合算額である二八万二、四〇六円を差引いた額)を有し、これを月割にすると、概ね一二万三、一五八円(147万7,896円÷12 = 12万3,158円)となり、これに同居の実母鈴木A子(当七一歳)が受領している亡父の恩給年金が約五万円(月割にすると、概ね約四、一六六円となる。)も相手方と右申立外母との共同生活の収入中にプールされておるので結局相手方の月収総額は一二万七、三二四円を算するわけである。
しかして相手方は申立人母子と別居後荒尾市内に借家し、前記実母を呼び寄せて同居しており、両名の月間生活費は相手方の家計明細によると、五万一、八三〇円(相手方は五万一、七〇〇円と供述しているが、計数上五万一、八三〇円が正確である。)で、その内訳は
(A) 家賃 七、七〇〇円
(B) 食費 一万二、〇〇〇円
(C) 被服費 一、五〇〇円
(D) 光熱費(電気・ガス・石炭・石油代) 三、四〇〇円
(E) 水道代 二〇〇円
(F) 相手方本人の昼食代 四、〇〇〇円
(G) 同タバコ代 二、五〇〇円
(H) 自動車(乗用車)維持費 二、〇〇〇円
(I) 同ガソリン代 四、五〇〇円
(J) 保健衛生費(医薬代・クリーニング代・汲取り代) 二、六五〇円
(K) 新聞代 一、〇五〇円
(L) テレビ視聴料 三三〇円
(M) 交際費および小遣 一〇、〇〇〇円
(以上合計五万一、八三〇円)
である。
したがつて、相手方は一応前記平均月収(一二万七、三二四円)から右生活費(五万一、八三〇円)を差引いた残額金七万五、四九四円を自由財源として利用し得る余裕を有するわけである。
(三) 生活費支払義務の有無
申立人母子と相手方との別居が、前認定のように主として相手方の所為に起因し、申立人の意思に反するものであり、かつ相手方と申立人間には依然婚姻関係が継続しておるのであるから、収入のある相手方としては、無収入の配偶者である申立人に対し、同人および同人と同居している未成年の子である長男俊一のため、同人等が相手方の収入に応じた相当の生活程度を維持し得るよう、それに必要な生活費を支払うべき義務のあることは明らかであるものといわなければならない(このことは、相手方の義務が婚姻費用の分担義務あるいは生活保持義務ないしは右両者の性質を併有する義務のいずれであるとしても、その結論に差異を来たすものではない。)。
(四) 生活費として支払うべき義務のある金額
つぎに相手方が申立人母子の生活費として支払うべき義務のある金額について考察するに、前記のように相手方には、その手取り年収額を月割にした場合、月間の生活費を賄つて猶あと七万円を超える余裕財源が存するところ、申立人母子は無職無収入で、その生活維持のため専ら夫であり、父であるところの相手方に対し、その協力扶助を求めるほかないこと、申立人母子が現住する○○○市における昭和四三年二月現在における家族三・九人の世帯における月間消費支出額(昭和三九年度施行の全国消費実態調査に基づく同市の世帯消費支出額をその後の消費物価指数等により推計した金額)は四万二、二〇九円であるが、これは税込み月収概ね四万七、八九五円(前記年月日現在における月収額の調査はないので、至近年度の昭和四一年度における月収額に依る。)を基準とした統計上の数値であるから、世帯収入が右金額を遙かに上廻る額(月平均一二万七、三二四円)となつている相手方および同人母並びに申立人母子の四名を構成員とする世帯における消費支出額のマキシマムは相対的に相当多額となる(計数上は約一一万二、二〇八円となる。)ことを免がれず、かつ相手方の配偶者や子である申立人母子は原則として相手方と同水準の生活を営むことを保障さるべきものであること、なお一般に一世帯の生活費は、その一部は該世帯構成員の数に比例するが、他は右構成員の数に関係なく一定である(すなわち、一世帯の生活費をY、世帯構成員の数をX、A、Bを定数とするとY=AX+Bなる方程式が成り立つ。)といわれておるので、右生活費は申立人母子が相手方と別居し二人だけで生活する場合においても必らずしも比例的に寡額となるものではないこと等の事情を綜合斟酌すると、該生活費は前記のように一応月間生計費として合理性と妥当性が認められ、かつ一般統計による基準生計費(前記相手方の手取り月収一二万七、三二四円を基礎とし、労研方式により、相手方、同人母鈴木A子、申立人、長男俊一各人の消費単位指数をそれぞれ一三五、六五、八〇、六〇と取つて計算すると、申立人の基準生計費は12万7,324円×80÷340=2万9,958円、長男俊一の同生計費は12万7,324円×60÷340=2万2,468円で、申立人母子両名の基準生計費の合計は月額五万二、四二六円となる。)の範囲内でもある金三万四、〇五〇円をもつて相当とするものというべきである。
(五) 結論
そうすると、相手方は申立人に対し、本件申立の日である昭和四二年八月一七日から婚姻を継続して別居する期間中毎月金三万四、〇五〇円の金員を支払う義務があるので、既に履行期の到来している右年月日から同四三年四月一六日までの八ヵ月分合計金二七万二、四〇〇円より、申立人が右期間中に相手方から送金を受けた一一万五、〇〇〇円および払い戻しを受けた預貯金七万二、〇〇〇円の合計額一八万七、〇〇〇円を控除した残額金八万五、四〇〇円を即時に、並びに昭和四三年四月一七日以降婚姻を継続して別居する期間中毎月三万四、〇五〇円を支払うべきものであるといわなければならない。
よつて主文のとおり審判する。
なお、この審判は、将来当事者間に事情の変更があれば、当裁判所に変更の申立をなしうるものである。
(家事審判官 石川晴雄)